東風窯(後篇)

商品の知られざる裏側をお届けする連載企画『生産者の想い』。
記念すべき第1回目は、唐津焼窯元「東風窯」の中村恵子さんです。
前篇では、ろくろ成形以外での努力に驚かされると同時に、中村さんの登り窯への強い想いを感じました。
後篇では、中村さんご自身の体験談や今後の展望について語っていただきました。
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Q東風窯を営むきっかけは?

 もともとガス窯で作陶していたのですが、やっぱり登り窯でという思いがありました。主人も中里太郎右衛門の所で焼き物の仕事を定年まで勤めたのですが、私は自分だけでも登り窯でやりたいと思っていたので、30年前に現在の地に越してきて登り窯を作りました。

Q作陶で苦労したエピソードはありますか?

 大変なのは、自分の思うようなものができないことです。例えば、お客様から「こういうものを作ってもらいたい」とご要望があっても、なかなかそういうものが提供できません。
 前提として、作業ルーティーン(窯出し→手入れ→発送→納品→窯の掃除→釉薬や土作り→製作)があるので1年に4回しか焚くことができません。他の窯元は1年で2回のところも多いです。大体の見通しが立ちやすいガス窯と違い、登り窯の場合は風の向きや雨などにも左右されます。温度の上がり方も窯内部の火の回り方で大きく異なります。そのため、割竹式登り窯では100個窯に入れても50個くらいしか取れません。


 その限られた条件の中で、形はできても、やっぱり自分がこういう色を出したいという理想と、いざ窯の中から出てきたものを見たときの落胆、それが本当に辛いです。色は登り窯だからこそ良いときもある一方、違う色が出てきたときの気持ちの整理の仕方に非常に時間がかかります。体力は休養すれば回復するけれど、精神的なダメージは年齢とともになかなかコントロールできないから、自分のモチベーションの維持の仕方、それが課題です。
 お客様に喜んでいただいて「良かったです」と言われることで帳消しです。

Qどんなお客様が多いですか?

 焼き物だけではなくて、ガラス、檻、籠など手仕事のものを残したい、伝統的なものを残したいという思いがあり、「手仕事フォーラム」という活動を20年以上やっています。もちろん廃れていくものもありますが、その活動では若い方が多いです。東風窯に来るお客様も、最近はもう30代、20代と若い方が多いんです。また、今年の3月にはドイツからお見えになった方もおり、最近は海外からも興味を持たれる方が多いということも聞いています。手仕事が廃れてきたという言い方がされていますが、実際はそうでもないんだっていう実感が非常にあります。

Q今後の展望をお聞かせください。

 皆さん見る目が的確なんですよ。じっくり見るんですよ。これはどうですかどうですかって聞くんですよね。長い時間かけてゆっくり一つ一つ丁寧に見ていく。だから、好きなんだなって、うちだけじゃなくて色んな窯元も見てるんだなって感じがします。だから、そういう子達の見方に負けないものを作らないといけない(笑)
 東風窯は割とデザイン性を重視していて、少し唐津じゃないものが多い感じがしています。もちろん昔のものでも先鋭的な絵付けもあって、一概に古臭いとは言えません。でも、時代とともに食生活も変われば、昔と同じ形で作っても当然そぐわない面がある。例えば手塩皿、珍味入れは絶対必要だけれども、昔の人は小皿で器を楽しんで食事をする習慣がないから、割とお皿とかが多いです。また、家庭では使いやすさが求められますが、料亭では面白い形の器が求められる。昔のものは昔のものとして伝統は守りつつも、やっぱり新しいデザインも必要だと思っています。

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おまけ

静かな山中にひっそりと佇む東風窯。
そこには失敗を厭わずにより良いものを追求する職人の姿がありました。
理想と現実の間で葛藤しながらも、登り窯での作陶に挑み続ける中村さんの熱がありました。
是非一度、中村さんの陶器を手に持ってみてください。
この記事を読んだあなたには、本来よりもずっと重く感じるはずです。

また、当サイトでは東風窯の陶器と一緒にお楽しみいただけるお飲み物もご用意しております。ぜひご覧くださいませ。

ご一緒にいかがですか?